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広島地方裁判所呉支部 昭和33年(ワ)178号 判決

原告 大石律造 ほか一三名

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 中田義正 下村文幸

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

(一)  被告らは各自

原告大石律造に対し、金二〇四、一一五円、

同白銀佐一に対し、金三四三、二五〇円、

同岡野勝一に対し、金二三、六一八円、

同岡野匠に対し、金五八、八三三円、

同松岡多九三に対し、金四五、八一〇円、

同岡野勝三に対し、金三七、九三八円、

同平岡政市に対し、金五二、〇五〇円、

同平岡ヒサノ、同神垣フミエ、同向昇、同平賀ユキエ、同小林スミエ、同向輝男に対し、各金九、七九〇円、

および右各金員に対する昭和三〇年九月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  (被告国につき)仮執行逸脱の宣言。

第二当事者の主張

一  原告ら

(一)  広島県呉市阿賀町および広町の両地区にわたる豊栄新開、小倉新開を包括する突出埋立地は、西側を大谷川に、東側を広西大川に狭まれ、南側は堤防(以下本件堤防という)によつて海面と隔てられている。

(二)  昭和三〇年九月三〇日、台風二二号が、呉地方一帯を襲い、本件堤防は崩潰し、右埋立地全部が海水の奔入によつて水没した。

(三)右水害により、原告大石律造、同白銀佐一、同岡野勝一、同岡野匠、同松岡多九三、同岡野勝三、同平岡政市および向与吉らの所有畑地、宅地、建物に海水が浸入し、約三ケ月間に亘つて水没していたため、同人らは後記(五)の損害を蒙つた。

(四)  被告らは、次の理由から右損害について国家賠償法二条、三条の責任を負う。

1 被告呉市は、次の理由で本件堤防の管理義務を負う。

(1) 地方自治法二条二、三項二号により、現場管理者としての管理義務

(2) 港務局が設置されていないから港湾法三三条により港湾管理者としての管理義務

(3) 区域内の水防を十分果すべき責任があるから水防法三条による管理義務

(4) 以上の管理義務が認められなくとも、被告呉市は、従来から本件堤防について、閘門(樋門)の番人に給料を支払い、小修理を行うなど慣行による管理義務を負担していた。

2 被告国は次の理由で本件堤防の管理義務を負う。

(1) 本件堤防は国有である。従つて、国有財産法五条、六条により被告国に管理義務がある。仮りに、その義務を地方自治法二条により被告呉市に委託していても、被告国には潜在的な管理義務がある。また、被告国に管理義務がなくとも、本件堤防の現実管理者である被告呉市に後記のとおり管理の瑕疵があるから所有者として国家賠償法二条の責任を負う。

(2) 本件堤防は、港湾法施行令により重要港湾と指定されている呉港の外かく施設(港湾法二条五項二号参照)であつて、本件堤防の復旧工事は、建設又は改良の重要な工事に該当し、港湾法四二条によつて被告国は、一〇分の五の工事費負担義務を負つており、国家賠償法三条の費用負担者である。

(3) 明文上の規定にかかわらず、被告国は、本件堤防を含む国土保全の責任を有し、本件堤防につき管理義務がある。

3 埋立地の豊栄新開区域には第一区水害予防組合(本件組合という)が設立され、本件堤防の維持、管理にあたつていた。しかるに、昭和一六年ころ、被告国において右地区の約三分の二(六万坪)、被告呉市において約九分の一(一万坪)を買収したが、両被告は本件組合に組合費を支払わず、維持管理費に不足を生じたため、本件組合による本件堤防管理が不能となり、事実上本件組合は昭和一六年ころ消滅した(なお昭和二二年ころ組合解散の決議をしたが、組合管理者たる呉市長の怠慢により県知事による組合滅止の手続は未了である)。従つて本件組合は、被告らのために事実上消滅のやむなきに至つたもので、信義則上、被告らにおいて、本件組合の存続管理を主張することは許されない。仮りに、右組合が存続しているとしても、右組合は、被告らの国土保全義務や管理義務に協力しているにすぎず、被告らの管理義務に影響しない。

4 管理の瑕疵

本件堤防は、安政年間に地元民により構築されたもので、年月を経て全面的に脆弱化し、地元住民は風浪の度毎に危険を感じていたところ、昭和二九年九月襲来した台風一二号の際、遂に破損個所から決潰するに至つた。しかし、地元消防隊の防禦によつて辛うじてくいとめ、以来、被告国の機関である広島県や被告呉市に対し、度々水防工事の実施を求め、本件堤防が決潰する直前の昭和三〇年九月二七、二八日には、被告呉市の市長の視察を乞い、崩潰の危険の存する個所(本件堤防の中央部分には既に石垣が一部崩潰の兆しのある個所があり、海水の浸透を見るに至つていた)について、注意を喚起したにも拘わらず被告らは、何んらの措置も講じなかつた。そして本件堤防は右個所から決潰した。

(五)  原告らの損害

1 原告大石律造、同白銀佐一、同岡野勝一、同岡野匠、同松岡多九三、同岡野勝三、同平岡政市と向与吉の各損害は、別紙損害額表のとおりである。

2 向与吉は、昭和三二年八月三〇日に死亡し、同人の妻向リワと同人の子原告平岡ヒサノ、同神垣フミエ、同向昇、同平賀ユキエ、同小林スミエ、同向輝男が、同人の損害賠償請求権を法定相続分(リワ、三分の一、右原告六名は各九分の一)に従つて相続したところ、向リワが昭和三四年一月八日死亡し、右リワの相続分(一九、五八三円)を右原告六名が法定相続分に従つて更に相続した。

(六)  よつて、原告らの申立記載のとおりの金員と損害発生の日である昭和三〇年九月三〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの答弁

(一)  原告らの主張(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の事実を認める。

(被告呉市)

本件堤防の決潰は不可抗力にもとずくものである。即ち、二二号台風時の観測潮位は、四・四一メートルであつて、推算潮位三・二一メートルより、一・二〇メートルも高い高潮位であつたうえ、暴風が一四時間二〇分にわたつて吹き、その風向が南西であつたため、波浪が堤防を越えて、裏法を洗堀して決潰するに至つたもので(裏法を洗堀すれば相当強固な場合でも決潰する)、堤防の裏法が脆弱で波力に堪え得ず決潰したものでない。

(三)  同(三)の事実は争う。

(四)  同(四)の責任を否認する。被告らに本件堤防決潰による損害賠償責任はない。

1 (被告呉市)同(四)1につき

(1) 同(1)は争う。後記3のとおり水防法による特別の定めがあるから、地方自治法二条、三条但書による管理義務はない。

(2) 同(2)は争う。

(3) 同(3)は争う。なお、運輸省から呉港の外かく施設との認定を受けたのは昭和三三年である。

(4) 同(4)の事実のうち、主張の如く、樋守の給料や小修理を行つたことは認めるが、その余は争う。右は、財政不如意の本件組合に対する援助措置として、付近住民の民生安定のために行つたもので、これによつて、本件堤防の管理義務を認めたものではない。

2 (被告国)同(四)2の事実につき

(1) 同(1)の事実は、すべて争う。本件堤防は、地元部落の共有財産に属する。

(本件堤防が国有であるとの自白は、錯誤によるもので撤回し、これを否認する。)

(2) 同(2)の事実のうち、呉港が港湾法施行令の重要港湾と指定されたことを認め、その余は争う。

当時本件堤防は、港湾法の外かく施設の認定をうけていない。また、本件堤防は、管理者の管理する施設に該当しない。そして、主張の復旧工事は、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法によるものであつて、港湾法四二条の工事に該当しない。

(3) 同(3)は争う。

3 同(四)、1の事実は争う。

本件堤防を含む豊栄新開区域には、明治四五年四月一二日(被告国は昭和二年ころと主張する)、本件組合が設置され、また小倉新開区域には、第二区域水害予防組合が設置され、本件堤防は、本件組合によつて維持、管理されてきた。本件堤防が決潰した昭和三〇年当時も本件組合によつて管理されたものである。そして、水防法三条但書によれば、本件組合によつて本件堤防が維持、管理されていた以上、被告らにこれを管理すべき義務はない。

4 同(四)、4につき

(被告呉市)

本件堤防が安政年間に地元民によつて構築されたこと、昭和三〇年九月ころ、呉市長が視察したことを認め、その余は否認する。

(被告国)

本件堤防が安政年間地元民によつて構築されたこと、本件堤防の堤体表面の石積に部分的に緩みを生じ、天端に一部損傷部分のあつたことを認め、その余は、否認する。

(五) 同(五)、1は争う。同2の事実中、相続関係は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告らの主張(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの管理義務について検討する。

1  本件組合について

(1)  〈証拠省略〉と弁論の全趣旨によれば、本件組合は、水害予防組合法(明治四一年四月一三日、法律第五〇号)に基づき、明治四五年四月一二日に本件堤防を営繕することを目的に設立され、県知事の認可を受け、右組合の区域を阿賀町豊栄新開、広村豊栄新開と定め、右豊栄新開に一年以上土地を所有する者が組合員となり、一〇人の組合会議員を選出する(任期四年)ことになつていたことが認められ、同法によれば、本件組合は、組合の管理者には市町村長が就任し、管理者が本件組合を代表し組合一切の事務を担当し、会計事務は県の職員若しくは市町村の収入役が担当する旨定められている。

(2)  〈証拠省略〉と争いのない原告らの主張(一)の事実によれば、次のことが認められる(認定に反する〈証拠省略〉は採用しない)。

(イ) 呉市阿賀町と広町にまたがる豊栄新開、小倉新開の海岸線に本件堤防があり、本件堤防西側(大谷川寄り)には被告呉市の設置した堤防が、また東側(広西大川寄り)には広島県の設置した堤防が連らなつている。本件組合は、本件堤防を維持管理し、本件堤防の修繕工事についても施主となつて、組合員から費用を徴収のうえ行つていたが、大工事の場合には組合員のみの負担だけでなく、被告呉市から資金を借り入れたり、補助金の交付を受けるなどして右工事を行つていた(〈証拠省略〉)。しかし、昭和一五年ころ、豊栄新開の本件組合の区域(二二町歩余り)のうち、約三分の二を被告国が、約一万坪を被告呉市が買収し、組合費の支払いをしなくなつてからは、閘門の応急修理、閘門の番人の給料支払、閘門の掃除程度の業務しかできなくなつた。このため、昭和二二年六月ころ、本件組合の組合会議員杉岡順一らは、組合を解散し、本件堤防の管理を被告呉市において行うよう本件組合の監督者広島県に対して要請したが、その了解が得られず、その後昭和二六年三月被告呉市に対し、同様の請願をしたが、解散に至らず、被告呉市において本件堤防の管理を引継ぐということもなく、ただ、その後財政的援助として、本件水防組合が支払うべき閘門の番人の給料を市の嘱託もしくは費用弁償という形で被告呉市が支払い、閘門の樋蓋の改築、修繕や本件堤防の一部の補修工事(石垣の組み直し、セメントによる補修)を行つた。そして、昭和三〇年九月二三日ころ、右杉岡は本件堤防について、直径約一メートルの穴が三つ位あいており、決潰の危険があるため、当時の呉市長松本賢一に視察のうえ善処するよう要請し、その視察を得たが、その数日後の昭和三〇年九月三〇日、台風二二号の襲来の際に、本件提防は三ケ所から決潰した。

(ロ) 本件組合は、その管理者に被告呉市の市長が就任し、事務は、被告呉市の阿賀支所の職員が担当し(会計事務は収入役の代理)、組合員も管理費用を負担していた昭和二六年ころまでは、その分担等で一応の協議もなされたことが窺われるが、その後、解散が問題となつたころに、組合名義の預金の分配方法で協議(協議は不調)があつた以外は、昭和三一年ころから、本件堤防付近の排水水路の水面に内水面漁業権設定の申請や認可後、右水面での入漁の入札等で協議した以外、本件堤防の管理等で協議がなされたことはない。また、阿賀支所においてなされた事務の主なものとして、組合会議員の選挙手続があつたが、昭和二五年一月の選挙(〈証拠省略〉)の如く、選挙人八五名中一四名が投票し、一〇名の議員が選出される有様で、その実情は、従前の議員に支障のない限りそのまま引継がれていたと窺わせるものである。

(ハ) なお、決潰した本件堤防は、被告呉市において改修工事を行つた。

2  本件堤防の所有権帰属について

〈証拠省略〉によれば、本件堤防は、嘉永年間に豊栄新開の干拓工事の際に築造され、当時干拓者らの私有に属していたこと、その後明治政府となり地租改正が行われたが、当時の官民有区分関係法令によれば、本件堤防築造の経過からみて、民有地第二種に該当すべきものであつたが、官民有区分の対象とされずに放置され、明治一七年になつて地籍編製の際に官有地とされたこと(官有地第三種)、そのころから、本件堤防(堤塘)を使用するにつき、被告国は、使用料を徴収し、本件組合が設立され、本件堤防の維持、管理をするようになつてからも、昭和四年には、同様に使用者は使用許可願を提出しており、昭和二六年ころ、杉岡順一においても、本件堤防は、国有地との認議を持つていたことが認められる。

右認定事実によれば、本件堤防は被告国に帰属したものと認めるのが相当である。被告国の右の点に関する主張は採用できない。

3  そこで、被告らの本件堤防についての管理義務につき判断する。

(1)  被告呉市の管理

本件堤防および水閘門は、被告国の所有であつて、本件堤防の営繕を目的として設立された本件組合によつて維持、管理されてきたものであつて、本件堤防の管理義務も水防法三条一項二項、水害予防組合法一条(昭和三〇年当時の法律以下同様)に照らし、本件組合が単独で負担していたものと認められる。本件組合が昭和二六年ころ財政的な理由から事実上管理義務を果しうる能力を欠き、以来被告呉市において水閘門の番人の給料、水閘門の修繕、本件堤防の補修工事がなされたとしても、本件組合が堤防決潰当時にも存続していた以上、水防法三条、水害予防組合法一条、地方自治法二条三項但書に徹し、本件組合の区域内における水防は、本件組合がこれを果すべき責任があるものといわねばならず、被告呉市が本件堤防決潰当時、単独又は、右組合と重複して、これを管理すべき義務があつたと認め難い。

よつて原告の主張(1)、(2)、(4)の主張は採用できない。

そして、港湾管理者としての被告呉市が、港湾施設(堤防は外かく施設として含まれる)の管理義務を有する場合とは、従前、地方公共団体が設置するなどして管理していたか、若しくは国の委託によつて管理するに至つた場合を指すものと解されるところ、本件堤防は、前記のとおり被告呉市において管理しておらず、本件全証拠によるも、本件堤防が決潰した昭和三〇年当時被告国から本件堤防の委託を受けたこと、本件堤防の地先水面が港湾区域として運輸大臣又は広島県知事の認可を受けたものであるか、あるいは本件堤防が呉港の港湾区域内の外かく施設にあたるか等を認めるに足らず(昭和三三年以降本件堤防が呉港の外かく施設との認定を受けたこと同被告の自認するところである)、従つてその決潰当時被告呉市が港湾管理者として、本件堤防を管理していたと認め難く、原告の主張(3)も採用できない。

(2)  被告国の管理につき

前記のとおり、本件堤防は、被告国の財産と認められ、従つて、他の法律に特別の定めある場合を除き、被告国において管理するべきものである(国有財産法一条)が、水害予防組合法一条によれば、水害予防組合は、堤防、水閘門等の保護による水害防禦に関する事業を行うと規定され、右特別の定めある場合にあたり、また、水害予防組合は、水防管理団体として、水害予防組合の区域内の水防の責任を負う(水防法二条、三条)のであるから、本件組合は、所有者の被告国に代つて本件堤防の管理権限を有し、その区域である豊栄新開の水防の責任を負つたと認められる。そして、本件組合の区域内にある本件堤防についての管理権は、道路管理者(道路法一五条、一六条)、河川の管理者(河川法九条、一一条)、公園管理者(都市公園法五条)などと同様に、水害予防組合法が、水害予防組合に、その区域内の堤防、水閘門の管理を委ねたものであつて、所有者である被告国が有している本件堤防の管理権限を、本件組合に委任、委託もしくは代行させていたものと解されない。従つて、前記認定のとおり、被告国が、本件堤防を設置したと認められず、それを管理しているとも認められない。また、呉港が港湾法に定める重要港湾の指定を受けていることは争いがないが、本件全証拠によつても、前記のとおり、本件堤防が、港湾法に定める呉港の外かく施設としての堤防であると認めうる証拠はないから、本件堤防の工事費用について、被告国がその費用負担者であると確定し得ず、原告らの港湾法四二条一項に基づく本件堤防の費用負担者との主張は採用できない。従つて、原告らの国家賠償法二条、三条に基づく主張は、その余の点を判断するまでもなく採用しがたい。

次に、被告国の国土保全責任については、法律上、被告国が国土保全責任とこれに起因する本件提防の管理義務を認め得ず、水害予防組合法によつて、被告国の所有にかかる本件堤防の管理は、本件組合に委ねられたものであつて、それに重複し明文の規定にない被告国の本件堤防に対する管理義務を認めるべき根拠を欠き、この点に関する原告らの主張は採用できない。

(3)  以上によれば、原告らの被告らに対する本件堤防についての管理義務の主張は、いずれも理由がないことになり、被告らに対し、本件堤防についての管理の瑕疵および費用負担者として、国家賠償法二条、三条の賠償責任を求める原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく採用できない。

三  よつて、原告らの各請求は、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 花田政道 谷口伸夫 三橋彰)

別紙損害額表〈省略〉

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